宮城センチュリーラン '06 200km の部完走記

by 松田浩治@Team HOSHI

 05センチュリーの200kは、さほど乗り込みもせずにほどほどのタイムだったので、今回もそこそこ走れると思い、なめてかかっていたのかもしれない。

 初めの10k程の松林は、なんとなく集団で走ったあと、第一チェックポイントからは一人走りになった。最近TJ <トライアスロンジャパン>に載ったらしい女の子が後ろにくっ付いてきて「道わかんないの」と言っていた。堤防のサイクリングロードに上ると、風のおかげで、軽く40キロを越せる状態だったが、それは、堤防の反対側から向かい風になると言うことだ。差し掛かって見ると案の定、うれしくなる程容赦なく、風が向かって来る。でも後ろに付いている TJ 女子の手前、いきなりスピードを落とす訳にもいかず、30キロ以上キープで、第二チェックポイントに向かう羽目となったが、実際いつもの年より時間もかかっているし、第二までの道のりで、気持ちも身体もダメージを食らった。

 チェックポイントに着くと、3分前にスタートしていた、青森からの機関車(管理者注:アンブレイカブルの山口氏ですな)と懐かしい米沢の青木氏が、次へ出発するところだったが、女の子と言うものは要領がいいもので、TJ 女子はすぐ出発して、前の機関車へと乗り換えて行った。自分と言えば、200k折り返しまでの道のりを思い、身の振り方を考えていた。恐る恐る走り出してみたが、もう30キロで走れる様な甘い状況ではなくなっていた。25キロ以上と頭では思っていたのだが、メーターを見ると時々22・3キロの表示だ、こうなると自転車はほんとに面白くない苦痛の一言だ。なぜか昔、紫の学生服で歌っていた藤正樹の、タイトルは忘れたが、メロディー<おりからの〜風を受け〜あおられた〜学生服よ〜>が、何度かよぎって行った(管理者注:誰も知りません。:-D)。

 チョットした上り坂でも足がつるし、気持ちは萎え〜萎え〜で切れる寸前、ただ「帰りは楽になるだろう」という思いだけで、各チェックポイント通過していった。折り返し手前で、青森トレインと TJ 女子が、追い風に乗って軽快にすれ違って行ったが、10分以上離れているだろうか、前を追う気持ちなどは、当の昔に消えうせていて、とにかくもう折り返しまでたどり着く事しか考えていなかった。

 スタートから4時間以上経過しようやくたどり着き、「一人は辛い」などとスタッフと話していたところ「間もなく一人来るから」とすると、迷って遅れていた青木氏がやって来た。いっしょに帰りたかったが、青木氏も足がまいっているらしく、帰り道の追い風にもかかわらず、35キロ程のスピードで離れてしまった。40キロ走行で全体のアベレージを、30キロ以上にしたいところだが、何せ足が言うことを聞かず、35キロを越すのがやっとで、それは、時間が経つごとに1キロ、また1キロと減っていくものであった。復路も半分を過ぎたあたりからハンガーノックを起こし、益々力が入らなくなってきた。

 自分が携帯していた補給食は、ウイダーエネルギー2個と、塩気の多いナッツ少々で、チェックポイントのバナナを2本いただいたものの、向かい風の行きを乗り切るには、全然足りなかったのだ。行きの第二チェックポイントを過ぎた目立たない自販機で、コーラの糖に最後までの望みをたくし、また走りだした。

 間もなく、聞きなれた雄叫びの様な声が迫ってきた。おやじだ〜、いつものごとく食堂でめしを食っていたらしく、オレンジジャージを見つけ、勇んで接近してきたのだ。聞いてみると、160kクラスでかなりリタイヤが出たらしく、「後半風変わって向がい風になったら俺もリタイヤだったじゃ」などと話しながら、30キロチョイで、おやじとランデブーして松林に入ったところ、マウンテンで走る山大根本(管理者注:「やまだいこんほん」ではなく,山大の根元です)を発見、「最後の力,振り絞れ〜」の、おやじの掛け声に反応した根本は、ダッシュして小さくなっていった。あれだけ力が残っているバカさ加減が、うらやましいと思いつつ、松の根っこでボコボコ盛り上がったサイクルロードに戻って来ていた。

 こんなに辛いセンチュリーは、今まで経験したことがなく、9月の木島平100k迄に、自分の身体が出来上がってくれるのかかなり不安だが、今回は今回なりに良い経験だったとポジティブに受け止め、また次の、自分に課せられたステップを確実に踏み上がって行こうと思う。